君たちとなら大切なものも取り戻せる気がしている。勝手だけど今はそう思いたい。季節が変わるたびに置いてかれてる気持ちになる。スタートラインてどこ?ずっと春なのか。始業式が来ない。絶望は消えない 希望を持っている限り消えない。今までどう生きてきたとか今をどう生きているかとかバックグランドとかここに書いてる文だとか今までツイートして発信してきた文にどれだけ意味があって無いものがあったかとか何故各所の人に提案された私物やメイクを載せるようなフォトブックを選ばず写真だけの写真集を出したのかとかそういう世間から見ても自分にとってもめんどくささになるものからも逃げずに向き合ったこと、意味があるもの、でもまるで意味ないみたいに時間は流れるさ。何を食べて何を見て何を聴いて自分がどれだけ自分でいたか、居るか なんてまるで気にしない世間だから、もっと図々しく時には流されて生きていかないと生きていけないなと思い知ったここ数年そして今。そんなこと僕に出来るわけないんだけど出来てる人もきっといるのだから出来なきゃな。でもわかってくれている人が君がいればいいやって結局すがっちゃう。さ。だめかな。それでもついてきてくれる人たちへの気持ちをどう伝えたらいいのかとかもずっとずっと考えては出来なくて難しかったし難しいな。愛がうまくない。絶望は消えない 希望は希望しない限り存在しない。シンプル生きるの難しい。好きな人たちのこと考えてるとき大体ハッピーなものをたくさん貰っているはずなのに考えると頭が酷く痛くなる。ただぼくが届けることをやめずにいる事で感謝の気持ちを届けるとか超過して見たい景色を一緒に見たり寄り添いながら物凄い高台から飛び降りれたらこの上ないしあわせだな。嫌なやつなんかに何も届くなとも思うし、けどそれじゃダメって知ってるし、でも嫌いなものはヘドが出る程嫌いだし好きなものはヘドが出る程好きだから全部丸ごと愛しちゃいたい。自分の嫌いな自分の癖や仕草言動が勝手にジャンル化されてアクセサリーとなってぼくの知らないところで土足で他人に自分が吸い取られていたり見世物になることすらが自分の嫌いなところになっていく望んでない最悪だ恐ろしく醜いな。声が出なくなったり落ち着きがなくなったりをわらって誤魔化す自分も嫌いじゃん。今日もみんな生きててえらいなすごいなっていつもなる。結局自分しかいないしなんとかトイレの便器からゲロを吸い上げるように飲み込む。トイレの中に篭る。きったねぇ目を背けたくなる。見てきた。なるべくそうしてきた。ピュアとかそういう簡単な言葉で片付けられたくはない。ちゃんと生きてる。秋の空は春夏秋冬の中で一番好きな空。コミュニケーション能力の低下どころか言葉ひとつも出なくなる生活。明るくを意識すればするほどお寒いじぶん。楽しくいたい。楽しみだね。楽しみが増えるといいね。って思わないと一瞬で絶望に引き摺り込まれそうだから楽しくいさせて。できれば君と。絶望が消えない 絶望を霞ませてくれる音楽。もっとうまくたのしくいきたい。おもしろおかしく笑われてもいいからこの秋の空の下で大きく息を吸いたい。ね。なるべくいつも通りいるから相変わらずだなぁって言って笑って欲しい。